決意と覚悟


蒼都




 人の形をした黒い人形が襲い掛かってくる。右と左から襲い掛かってくる人形を身をかがめて避けながら右の人形を切る。そのまま振り返り様に左の人形を斬り付けた。ため息をついて、不用心な事に鍵のついていない窓を外から開けて中の人間に文句を言う。
「この人形弱すぎ。相手になんない。相手してよ。本人が。」
 むっと顔をしかめて怒鳴るように言う。こうやって窓から覗き込むと見える顔はいつも決まっている。のほほんっと笑った顔。この顔で和むのなんてきっとよっぽどのばかかお気楽な人ぐらいだ。元々気が長くなくいらだっている私にはイライラを増長させるだけだ。
「弱いかなあ。じゃあこれでどう?」
 トオルがそう言うと同時に倒れていた人形がさっきの倍ほどのスピードで同時に襲い掛かってくる。完璧に防御に徹しても10分持つかどうか怪しい。それにこいつらは人間ではないから隙のつくり出しようがない。そう考えた直後に足が払われ仰向けに地面に倒れた。寸でのところで避けた人形の持つ剣が髪を切って地面に刺さる。
「うわっ」
 その声に答えるように人形が止り私の上に崩れ落ちた。
「もう少しは人形が相手でも平気そうだねえ。」
「いきなりだったからよっ。私はここに魔法を教えてくれって言いにきたのよっ」
「それぐらい覚えてるよ〜。でも、カレンはこう言ったよね、敵討ちがしたいって。それなら魔法を覚えるより、体を鍛えた方がいいから。」
 初めてあった時も笑ってそう言った。右手の人さし指を軽く動かすだけで1本の木を倒してみせてから、これが魔法だと。体で人を殺せない人間は使ってはいけない物だと。簡単に使えるからこそ簡単には使ってはいけない力だと。それから、でも、力は貸すと言って、体を使った人との戦い方を教えてくれた。
「貴方はあの伝説の魔法使いでしょ?」
 窓を越えて部屋に入って覗き込むように顔をまっすぐ見て言う。今まで誰も成し遂げた事のない不老不死の魔法に成功した魔法使い。その魔法使いは誰にもその魔法を教えずに姿を消した。
「魔法に何を望むの?村の復讐なら、魔法じゃなくてもいいじゃない?」
「魔法が一番手っ取り早かったから。」
 でも、トオルはあっさりと話を変えてきた。憮然としながら一応答えておく。
「でも、魔法は自分の身すら滅ぼすからねえ。それに、復讐終ったらどうするの?それも気になってるんだよね。」
 考えもしなかった事を聞かれ言葉につまりながら返した。それからの事。考えもしなかったのは、私自身、全てを生きて終らせられると思っていないせいかもしれない。
「終ったら考えるわ。今は復讐の事だけを考える。」
「ふ〜ん」
 トオルは静かに笑って、左手にいつもつけていた手袋をはずしてみせた。その手はまるでやけどか何かのようにただれていた。私はそれを見てゾッとして、息をのんだ。
「何……」
「僕は確かに伝説の魔法使いだよ。6人の魔法使いの友だちとあの魔法をつくり出して自分達にかけた。」
「じゃあ、その6人は……?」
 心のどこかで答えを知りながら問いかけた。トオルは遠くを見ながら答えた。
「随分前に僕が殺したよ。僕の力が一番強かったからねえ。」
 きっと、頼まれて泣きながら殺したのだろう。トオルは何度死にたいと思ったのだろうか?仲間を解放してやりながら。
「この手はこんなに壊疽したようになっていても、器用に動くんだよ。でも、老いる事はなくても、物には限界があるから。だから、もうすぐ崩れ落ちちゃいそう。誰とも一緒に行動しない、誰もが僕より早く死ぬからそう決めてんだ。でも、今から行動を共にすれば、僕の肉体が崩れ落ちる方が早いだろうって思ってね。」
 人より早く死ねる事。それが希望だと言うのだ。私の希望は何だろう?あいつらを殺したい。それは希望と言えるの?
「僕が恐くなったあ?」
 そう言って覗き込んでくるトオルの緑の目が本当に綺麗だと思った。と同時にこれは私とは違う生き物だと思った。
「なんでそう思うの?」
「本当に正直だよね、カレンは。あのさ、カレンは手を汚さない方がいいよ。」
 きっと強がってはいても私の顔は引きつっていたのだろう。トオルは少し笑って言った。トオルの手が頬を撫でてそのまま髪をひと束つかんだ。
「何を今さら、復讐は諦めろって言うの?」
 ばかにしてる。そう思った。腹が立ってかなり大きな声で聞き返した。
「違うよ。復讐を遂げるまで、女を、カレンを捨てな。トオルって名乗ればいい。」
 そう言ったトオルの手が髪を切り落とした。長くのびていた髪が地面に落ちた。髪の重さの分頭が軽くなった。
「それで、全部終ったら髪伸ばして、元の長さに戻ったら全部忘れなよ。」
「……何でそんな事……」
「かわりにさ、海にまいてくれないかな?」
「何を?」
 脈絡のない言葉に顔をしかめて聞き返した。かわりに?どういう意味。私に自分の手を汚さずにトオルの手を汚せと?
「僕は神に背いたからね、時間の流れはいじっちゃいけなかったんだよ。そろそろだ。」
「何が?」
「僕の体がかかっている魔法に耐えきれなくなるのが。」
 そういった後にトオルの手を見ると親指の付け根あたりまでだった壊疽がさらに進んで手首のあたりまで広がっていた。さようなら、そうトオル呟いたのが合図のようにすごい早さでそれが全身に広がり体が腐り崩れ落ちた。
「トオル?トオ……ル…?ふざけてるの?これも魔法?」
 トオルのいた床の上に残っているのはわずかな灰のみ。これが罰?神に背いた。亡骸さえ残らない。これが死ぬと言う事だよ、そんな声が聞こえた。
 灰になる直前に見えた腐った体。鼻をつくにおい。これが死。村が襲われてみんな殺された。私はそこから兄に逃がされて1人生き残った。逃げる時、みんなの死に顔を見た。それは悲しくて、でも、どこか綺麗だった。もう、時から切り離されて、花々しく散ったような印象すら受けた。でも違う。私が見ていないだけ。あの死体は今頃腐乱して見られないようになっている。死が綺麗なはずがない。そして、その死を負うという事は……
「知ってる、知ってる。背負うわ。背負える。私は……俺はトオルだ。でも、大丈夫。これ以上あなたの罪を増やさない。命は私が背負う。自分で殺した命は自分で背負う。だから、少しだけ支えて。」
 部屋にあった小瓶に床に残った灰を入れた。海についたら船の上からまこう。死んだカレンの髪と一緒に。
20040830


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使用素材:トリスの市場