オルゴール人形  / 蒼都 作



  機械仕掛けのオルゴールは繰り返し繰り返し、同じリズムで同じフレーズを歌う。
 壊れるまで繰り返し繰り返し。
 その歯の一つが折れて調子はずれのメロディを奏でるまで
 歯車の一つが外れて動かなくなるまで。




 皆逃げてしまい誰もいない部屋
 その家は一家で夜逃げした後だった。
 もし、その家の家財道具一切がなかったならここまで嫌な気分にはならなかっただろう。無論、後味が悪い思いはしただろうけど。
 でも、その家は全てがそのままだった。一切乱れのない家具、今さっきまで遊んでいたかのように広がった子供のおもちゃ、その中の一つのオルゴールが悲しげな音をたてていた。
 ここまで急いで逃げなければならない程、父はこの家の者達を追い詰めたのだろうか?きっとこの家の者も父にお金を借りて返せなくなった者だろう。
「淳様、この家の者はやはりもう逃げたようです。」
 そんな事この家を見ればすぐに分かるよ。ここまで奥に入ってきて誰も出てこないんだ。
「それで?」
「追っ手を出しますか?今探しにやればまだ間に合うかと。」
「いや、いい。この状況ではどうせろくに金も持っていないだろう。」
 カチャリという音がして扉が開いた。誰もいないと思っていた部屋での出来事だったので思わず身構えた。扉から出て来たのは黒のワンピースに白のエプロンというメイド服姿の少女。
「旦那様のお客さまでしょうか?」
 少女はこちらを見てそう言った。
「君はここのメイド?」
「いいえ。」
 少女は首を振って答えた。メイド服を着ていたのでそれ以外考えられなかったのだが少女は否定した。
「じゃあ、家族の子かな?」
「いいえ。私はロボットでございます。」
「へ?」
「私は旦那様達の元で働かせていただいておりますロボットです。」
 少女の答えに少女の顔、体をまじまじと見た。どう見ても生身の体だ。高い鼻梁にすっと切れ長な目。作り物には到底見えない。
「ここの家の人はみんな逃げてしまったよ。たぶん君の旦那様もね。」
「お逃げになられた?」
「うん。詳しい事は後で説明しよう。とにかく、ついてきてもらえるかな?」
「はい。」
 ロボットと名乗った少女は歌い続けるオルゴールを大事そうに手の中にしまってから当たり前のように俺についてきた。
 
「よく分からんがどこをどう見てもあれは生身の体じゃよ。作り物じゃない。」
「だろうな、あんなによく出来たロボットがあったら親父はとっくに製作を手掛けている。」
 少女の診断結果の印刷された紙をじっと見る。結果は少女が普通の人間である事を示している。嘘発見機でも彼女は嘘をついていないと判断された。
「ついでに頭の方も正常じゃよ。」
「だとしたら………」
「考えられる事は2つ。あの娘さんが嘘発見機を騙せる程に嘘を吐きなれているか」
「本気で自分をロボットだと思っている?」
「そうだ。」
 重々しく頷いた医務長の顔を見る。きっと俺と考えは一緒だろう。考えたくもないが後者の方の確率が高い。
「さぞ便利な道具だっただろうな。」
「どうするつもりだ?あの娘さんを。」
 どうするか……ロボットだと言うから面白半分で連れてきただけだ。ロボットならば製造方法でも盗むつもりだった。でも、ただの人間ならば利用方法もない。このまま捨てたならあの少女はどうするのだろう?それより、もし売り飛ばしたなら高値で売れるかもしれないな。何しろ自分をロボットだと思っている以上抵抗もしないだろうし。
「傍に置く。」
「……淳様?………傍に置かれるとは一体………」
 利用方法など後で考えれば良い。ひとまず自分をロボットだと思っているような少女を傍においておくのも面白いかもしれない。
「淳様ッ!!旦那様がなんと言われるか………」
「言わなければよいだろう。」
「………それより、あの娘に告げるのですか?自分は人間だと。それとも、ロボットだと思い込ませたまま働かせるおつもりで?」
 少女に自分が人間である事を分からせると言うのも面白いかもしれないな。金には不自由していないんだ。元々あんな少女1人に価値だのなんだの言うこともない。
「そうだな。」
 そう言ってガラス越しに見える隣の部屋へ行くために扉へ向かった。
「あ、あのそうだなとは?一体どうするおつもりで?ま、まだわしは答えを聞いておらんぞ。淳様!?」

「名はなんという?」
「蓮と呼ばれておりました………」
「蓮…か。いい名だな。単刀直入に言おう。君は人間だ。さっき色々と検査しただろう?その結果でも明らかだ。間違いなく君は人間なんだ。」
 反応を見るつもりもあってにこやかに全てを一気に告げてみると、少女はきょとんとした顔をしたあと少し苦笑の表情を浮かべた。
「なんの御冗談を?そんな事はございませんわ。私は確かに人間と同じように体を作られておりますが、人間ではありません。人間の幸せのために作られたロボットでございます。」
 少女の方もあっさりと一気に返してきた。こちらもあまりにはっきりと言われて一瞬怯んでしまった。この少女は本当に自分がロボットだと思い込んでいるんだ。
「両親はどうしたのだ?」
「ロボットに親などおりません。私は作られた物なのですから。」
「でも君は切られれば、叩かれれば痛いだろう?」
 少女はあっさりと頷いて肯定の言葉を返した。それに、ほっとしたがそれは隠して続ける。
「じゃあ、君は人間だよ」
「私が痛みを感じるのは故障防止のための防衛反応です。」
 淳は天を仰いだ。ため息が知らず知らずに洩れた。ふと、変な事を思い付いた。
「なあ、じゃあもし俺が殴ったら君は俺を恨むか?」
「いいえ」
 少女はしっかりと顔を見て言い切った。挑むようでもなければ、怖がる様子もなかった。興味がわいた。少女がどんなふうに生きてきたなど知らない。でも、この迷う事のない目で人を見れる少女の事を知りたいと思った。
「俺の下で働かないか?」
「はい。貴方のお望みのままに。」
 少女は笑って答えた。でも、その笑顔はまるで作り物のようだった。
 小さな頃から自分をロボットだと思うように育てられてきた少女。もしも、自分が人間だと認めた時、どんな事を考えるのだろう?
 少女は与えられた部屋に文句を言う事もなく何を要求する事もなくただ元々あった机の上にオルゴールを置いた。

 少女に身の回りの世話をさせる事は決まったものの、父親の手伝いとは言え、普通の会社員の倍近い仕事量がある。家に帰りつくのはかなり遅く、しばらくの間は少女と会話する事もほとんどなかった。
「紅茶をもらえないか?」
「はい。レモンとミルクどちらになさいます?」
「ミルクを」
「かしこまりました。」
 にっこりと笑ってから丁寧に頭を下げて紅茶をいれにむかう。その時わずかに裾からのぞいた赤い痕。火傷?
「蓮、それはどうした?」
「はい?」
「左手首の火傷だ。誰かにやられたのか?」
 そう言いながら、すっと近付いて蓮の左手を捕まえた。蓮は驚いた顔で俺の顔を見た。
「俺の命令だ。言え。」
「料理を失敗してしまって。すみません。」
 傷をつけてしまって。体も顔もロボットの価値の1つなのに……
「命令だ。他のメイドか?答えないのなら直接確かめる。」
「私はロボットです。ロボットなんですっ!!」
 少女は必死になってそう言った。広い部屋にその声がよく響いた。
「何でそんなに必死になる?」
 くしゃくしゃと歪んだ泣き顔で声にならない声で何かを言って走り去った。
「なんなんだ?」
 何で必死になるその言葉は自分に向かって言った言葉でもあったかもしれない。何で蓮の事にこんなに必死になる?放っておけばいいのに。泣き顔を見て一番最初に思った事はその表情が初めてみせてくれた本当の表情だという事。そして、それを嬉しいと感じた。
「明日はパーティか……」
 たった1人の部屋にその言葉は響いた。1人になるとこの程度の音量の声でも大きく聞こえるなと無意味な事を考えていた。
 蓮を傷つけたメイドはちゃんと見つけてやめさせよう。きっと、いきなり来て俺の身の回りの世話についた少女が気に入らなかったのだろう。

「淳、あの会社の人とはまた世話になるだろう。挨拶をちゃんとしておけ。」
「はい、お父さん。」
 そういって先ほど指差された人の元へ向かう。背中に満足げな視線を感じる。それは、俺という自分の成功作品を見る父親の視線。
「そうですね。今後ともよろしくお願いします。」
 楽しくもない会話に笑って穏やかな笑顔を浮かべる。ああ、分かった、少女があんなに気になった理由が。
 きめられた言葉を、
 きめられた場所で、
 きめられた通りに、
 きまった表情で、言う俺
 どう違うんだろう。あの少女と。
 俺も結局マリオネットでしかない。

 彼女は俺自身だったんだ。

 パーティー会場からまだいくぶんぼうっとしながら帰った。家に入ろうとしてボディガードの1人と目が合い呼び止めた。脅すように命令だと言い、銃を取り上げた。
 そうだ。もし君が本当にロボットだと言うのなら、君も僕もいらない人間だ。2人で死んでしまおう。
「淳様?」
 少女は銃を突き付ける俺を目を見張って見る。
「ロボットなら一度殺されたってまた作りなおせばいいだろう?」
 撃鉄をゆっくりと起こす。大丈夫だよ。君が本当に人間で、死んだら僕も死んであげるから。
 少女ががたがたと震えながら俺の顔を見る。救いを求めるような視線で。銃をしっかりと胸のあたりにあわせると少女が持っていた紅茶の入ったトレイが大きな音をたてて床に落ちた。いや、そのはずだ。不思議とその音は俺の耳には届かなかった。頭の中でゴーっという音が鳴っている。
「私を、壊したいんですか?」
 少女は一度深呼吸をしてから、笑って聞いてきた。さっきまでのおびえた様子が嘘のようにしっかりと俺の目を見て。こっちがその様子に驚いた。
「だったら、どうぞ。私はロボットだから壊されても誰も恨みません。私は人のために造られたのです。貴方の気持ちが私を壊す事で楽になるのなら。」
 少女はさっきと違って落ち着いた笑顔で、落ち着いた口調でそう言ってくる。それなのに、少女の目からは次から次へと涙が溢れてくる。
「私はロボットだから……」
 私が人間?そんなわけないでしょう。だったらおかしいじゃない。何で私が働かなければならないの?
 ロボットだからそれはきっと少女が何かを諦める時のマインドコントロールの言葉。
 そっと近付いて抱きしめた。あまりに弱くて、自分への言い訳の方法だけがどんどんうまくなって、それでも何も変われない俺たち。
「生きてるんだ。俺も君も。」
「私は……」
「人間だよ。暖かい。ほら、作られた暖かさなんかじゃない。生きてる証なんだ。」
 でも、それでもこの腕の中のぬくもりだけは何に変えても守りたいと思ったんだ。
「人間じゃなきゃ味わえない気持ちで満たしてあげる。」
 机の上からオルゴールの奏でる歌が聞こえる。




 機械仕掛けの俺達は繰り返し繰り返し同じ歌を歌う。
 それなら歌い続けてやろう。その歯が折れるまで
 調子はずれの歌で構わない。
 俺達の歌を歌おう。




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