自分のせいにするより、他人のせいにする方が
 我慢するより、恨む方が楽に決まってる。

 青いハンカチ、青いペン、青い鞄に青いコート。
 それを身に着けた。
 青は氷の色、氷のように心を凍らせ、感情を鈍らせてしまおうとそう決めた。
 決めたのに。
 いつからだろう。私の青が氷以外の意味を持ち始めたのは


氷×炎×空


 花の女子中学生ですもの、彼氏ぐらいちゃんといます。
 私は貴方の事が好きよ。大好き、愛してる。たとえ貴方がサッカー部でいつまでもレギュラーになれなくてもいいの。貴方はレギュラーの人よりかっこいいもの。大丈夫よ。
 その事を言い訳がましく色々言っても全部聞いてあげるよ。ただ頷いているだけで貴方は満足するんだから。
 成績も要領も悪くても良いんだよ。別に結婚するわけじゃないもんね。
 私といるのに他の子の名前を呼んでも怒らないよ。大丈夫、私を同じ事をしてあげるから。
 私の誕生日を忘れてても焦る必要なんてないわよ。私も貴方の誕生日を無視してあげるから。
 浮気しても構わないわ。だって、どうせ長続きしないんでしょう?


「ルカ、ひさしぶり」
 私、若狭 千春をルカと呼ぶ人間は限られているので、誰が自分を呼んでいるのかは確かめる前に予測がつく。
「お久しぶりです、キャプテン。」
 そこにいるのは予測通り去年卒業した高槻先輩。周りの様子からしてずっと校門のところで私を待ていてくれたみたいだ。私の事を始めにルカと呼び始めた人。去年卒業した先輩達はよく私を可愛がってくれて、その中の元マネの瀬野先輩が最初にルカと言うあだ名を思い付いたらしい。なんでも、WAKASA TIHARU(若狭 千春)でWATASI HA RUKA(私はルカ)という事だそうだ。最初は変なあだ名だと思ったが、今じゃ慣れてしまって先輩にそれ以外の呼ばれ方をすると不思議な気がする。まあ、先輩達以外に呼ばれたら絶対に嫌だけけど。もし彼氏に呼ばれたら……想像するだけで嫌だ。
「暇か?ここに映画の券が2枚あって、瀬野と神尾は既に自分の券を持っている。というわけで一枚余るんだが、付き合わないか?」
「よろこんで」
 先程私と笑って別れた彼氏が他の女の子とならんで笑っている事ぐらい分かっている。だったら、先輩と一緒に出掛けたところで何の支障もないはずだ。ま、彼氏と一緒にいるより、先輩と一緒にいた方がずっと楽しくて、有益だし。
「良かった。ルカがだめだったら、1人で淋しく見ようか、売ろうか、ナンパでもしようかと迷ってたところだったんだ。でも、俺がナンパして成功するとは思わないからなあ。」
 先輩は放っておけば、向うから逆ナンしてくれるような人だけど、ナンパするにはむいていない。なんたって、この学校での3年間ずっと部活優先。その一言で告白を断り続けた人だ。
「行くか?」
 そう言って先輩は私の少し前を歩き始めた。私ははいと答えて、追い掛けた。部活の買い出しの時はよくこうして先輩の後を追い掛けた。先輩はすごく優しいのにどうもそういう事には鈍いらしく、私は一番最初の買い出しの時、必死になってすたすた歩く先輩を追い掛けた。とうとうたまりかねて、もう少し遅くしてくれないかと3度目の買い出しの時に頼むと、先輩は驚いた顔をして、困った顔をして、焦った顔をした。そして、とても言いにくそうに、気まずそうに、今までずっとついてきてくれたから平気なんだと思っていた、そう言った。聞いてみれば、先輩は女の子と歩くのなんてほとんどなかったらしい。その話を聞いた瀬野先輩はこの鈍感っと先輩を怒鳴り付けていた。
「大丈夫か?」
 ふと気付くと先輩は少し遅れた私を待っていた。私が頼んだ日から先輩はゆっくり歩いてくれるようになった。優しい先輩。
「大丈夫です。何の映画ですか?」
「アクション映画。好きだろ?」
「はい!」
 彼氏と見に行くのはラブストーリーだからアクション映画は久しぶりだ。ラブストーリーなんて見るだけ無駄だ。それが私の主義。特に浮気ばっかりの彼氏とならんでみるものじゃない。そういいながらいつも見に行ってるけどね。ううん、別に彼氏の事を怒ってるわけじゃないのよ。知らないんだもん、しょうがないよね。
「へ、ルカ?」
 先輩の戸惑った声が聞こえて先輩の視線の先をおった。先輩が見ているのは先輩の左腕。それを見て私は初めて気がついた。私は無意識のうちに先輩の左腕に抱きつくようにして腕を組んでいた。思わず舌打ちしたくなる。なんだってこんな時に彼氏と歩く時の癖が出るんだろう。
「ごめんなさい」
「いいよ」
 慌てて放そうとするとそれを先輩が止めた。そしてもう一度いいよと言われた。戸惑いながらも、2度も止められたのに放すのも少し気が引けて、そのまま先輩と腕を組みながら歩いた。彼氏より少し背の高い先輩の腕は組みやすくて歩きやすい。
「ああ、でも、こんなところ彼氏に見られたら、まずいんじゃないか。」
「キャプテン彼氏いたんですか?」
「いるわけないだろ!!ルカの彼氏だ。」
 私の彼氏の話をしてんだ。良かった、先輩が変な趣味の人じゃなくて。
「ああ、いいんです。向うも今頃は他の女の子といるでしょうから。」
 あっさりとそう返した。どうでもいい。今さら浮気の1つ2つに怒る気もしない。もう諦めた。
「なあ、ルカの青の色は何の色?」
「……氷の色ですよ。」
 前に一度言った事を繰り返す。氷のように心を凍らせてしまえれば、いいのに。だから青を身に着けるの。そう先輩に言ったのはいつの事だっただろう。彼氏と付き合い始めたばかりの頃は浮気もしなかったからそれから少したってからのはず。あの頃はまだ、少しは私も綺麗だった。
「それは昔聞いた。でも、今も本当に氷の色か?俺には炎の色に見える。」
「ほ のお」
「知ってるだろ?炎の色は普通赤だけど、ろうそくとかの中心の色は青だ。青の部分の方が赤の部分よりずっと熱い。今のルカの青はその炎の色に見える。」
 浮気された時、最初は腹がたった。次に諦めた。はずなのに時がたてばたつ程赦せなくて。悔しくて。何時の間にか恨んでいた。悟ったような行動、本当はそんなもの見せ掛けだけ。
「だったらどうなんですか?」
 突き放すような言い方。何でもいいから先輩を黙らせないといけないと思った。腕を外そうかとも思ったがそうすると先輩を向き合わなければならないような気がして、放さなかった。
「ルカの彼氏の方も一応俺の後輩だが大して知らない。だから、ルカの方が可愛いし好意的に見てる。だから偏った意見になってしまうとは思う。」
 先輩はこれから言う事に戸惑いを持っているように感じられた。1回の台詞に2回も『だから』があった。
「ルカが彼氏の方を怒るのも恨むのももっともだ。だから、構わない。でも、ルカのその炎がルカ自身を焼いているような気がする。嫉妬の炎と言えば普通赤を思い付く。ルカの青は少し、強すぎるんじゃないのか?ルカ自身を傷つけるような炎なら消して欲しいと思うよ。」
 嫉妬じゃない。だってもう好きじゃない。ただ、悔しいような辛いようなそんな気持ちがするの。
「じゃあ、どうすればいいの?」
 やっぱり私は卑怯者だ。そんな答え自分で見つけなければいけないものなのに。突き放しておきながら自分は突き放されないと信じたいんだ。
「あ、映画館つきましたね。」
 先輩の答えが聞くのが怖くて自分で話の腰をおった。パッと先輩の腕を放して少し前を歩く。先輩はそれに関して何も言わずに私に指定席の券を一枚渡してくれた。それを受け取って私はその席に座った。
 好きなはずのアクション映画なのにわくわくもしなければ、ドキドキもハラハラもしない。ただ、隣にいる先輩の存在だけが気になってしょうがなかった。


「折角だから、食事もしていかないか?」
 映画が終って館内が明るくなってもルカは俺と目を合わせたくないせいか顔をあげなかった。俯いて座っている。館内にはもう誰もいない。
「ルカ、あいつのこと好きなのか?」
 ルカは一種の沈黙の後に首を横に振った。それはいつもの強がりとは違うように見えた。でも、これが本当ならますますルカの考えている事が分からない。
「何で付き合い始めたんだ?」
「好きだったから」
 ルカからかえってきたのは過去形の返事。過去形であろうとルカの彼を知る身としては理解できないが。男から見れば最低の部類にはいる人間だ。これが恋は盲目と言うやつだろうか。
「何でまだ付き合ってるんだ。」
「意地でしょうか?悔しいじゃないですか。負けたみたいで、捨てられたみたいで、逃げたみたいで。あの男に影で笑われるのなんていや。今だって、言われてるけど。」
 あの男はルカが何も気付いていないと思ってる。それを笑ってる。それを知ってるからこそ放っておけない。腹がたつ。部外者が何をと言われてしまえばそれだけだが。
「今のルカは不細工だよ。」
「知ってます。」
 それでもまだルカは俯いたまま。顔上げない。俺が高等部に入った頃から、いや、入学の準備で忙しかったからもしかしたら入る少し前から、ルカの顔が少しずつ歪んでいった。天真爛漫な笑顔が消えた。可愛い少女ではなく、歪められた女の顔。
「別れないのか?」
 ルカは答えなかった。
「別れさせてやろうか?」
「自分でどうにも出来なくなったら頼みます。」
 もうとっくにどうにも出来なくなってるじゃないか。そう言いたくなった。ルカは自分の顔が見えていないのだろうか。とっくの昔に限界を越えてしまった顔。
「食事、行きましょうか?」
 ルカは笑った。当たり前のように。ルカは俺の手をひいてお勧めだというレストランに向かい始めた。でも、途中でその足が止まった。
「ルカ?」
「あ?あ。」
 ルカがうんざりした顔をして見ている先には一組のカップルがいる。女の方は知らないが、男の方は間違いなくルカの彼氏。
「行きましょ、先輩。」
「ルカ、戦争起こしてもいい?」
「先輩?」
 ルカあの腰に手をまわして引き寄せた。体制が崩れたせいでルカは無意識のうちに俺の腕に掴まった。つまり、おれたちの体勢は端から見たらルカが俺に抱きついているけど、本当は俺がルカを捕まえているという状態。
 女の方が少し離れたのを見計らってるかの彼氏の方に近付くと足を掛けて転ばせた。サッカーのゲーム中にやったら間違いなくレッドカードを取られるぐらい露骨にやってやったので、彼氏は品がいいとは決して言えない罵声をあげながら上体を起こした。だが、その目が俺達をとらえた途端に凍り付く。
「な、なんで千春がここに?あ、さっきの女ならただ偶然そこであっただけだぞ。」
「別にどうでもいいよ。浮気の事ならずっと知ってたし。」
 ルカがあっさりというと彼氏の方は驚き切った顔をしてルカを見上げた。
「ルカを返してもらうから。」
「え、な、どういう意味だ、ですか?」
 彼氏は一応サッカー部という事もあって去年部長だった俺の顔を知っているみたいで口調を敬語に切り替えてきた。大分今さらな気もするが。
「別れよ。」
 彼氏の質問にルカの方が簡潔に答えた。
「何でだよ、今までうまくやってきただろ。」
 うまくやってきた。その言葉に未だに倒れている男の腹を蹴りつけてやりたくなったが今話しているのはルカの方なので黙って動かないことにした。
「色々あるけど、一番はもうどうでも良くなったから。」
 それから好きじゃないのはずいぶん前からだし、と小声で付け加えた。彼氏はルカの言葉に凍り付いた。少し気の毒になってしまう答えだ。まあ、これぐらいの天罰は必要か、とも思い、ルカを自分に少し引き寄せて彼氏から離れる方向に歩き出した。ルカは当たり前のように俺と一緒に歩く。
「キャプテン、ありがとうございました。」
 そう言ってルカは晴れ晴れと笑った。
「いいえ、今さらだが、出しゃばって悪かったな。」
 そういいながら多少うずく罪悪感を無理矢理心の中に押し込めた。実のところ、ルカの彼氏をやり込めた時に個人的な恨みを込めなかったとは言い切れない。
「そんな事ないです。私1人じゃきっと何もできませんでした。ありがとうございました。」
「そんなにお礼言われても困るよ。そうだ、これあげる。」
 そう言って鞄の中にあった空色にリボンをルカに渡した。ずっと前にルカのイメージにぴったりでつい買ってしまったリボン。彼氏がいなくなる事を予測していたようで少し気まずい。彼氏がいなくならなかったら、このリボンは後何年かこの鞄の中で過ごす事になっただろう。
「また青ですか?」
「水色だよ。氷を溶かすし、炎を消す。優れものの水の色だよ。」
 我ながら詭弁だと思う。
「……結局は青ですよね。」
「しょうがないだろ。俺はルカには青が似合うって思ってるんだから。」
 そう言うとルカは微かに頬を赤く染めて目を逸らせた。ありがとうございますと小さく呟くのが聞こえた。初めて会った時にこっちを見て笑ったルカ。後ろの空がすごく綺麗だった。その時の空の色が俺の中ではルカの色になった。
「このリボンを含めて、今度お礼しますね。」
「じゃあ、一緒にどこか行こう。水族館でも映画でも遊園地でもいい。そこでなんかおごって」
 ルカはお礼なんかいいと言ってきく性格ではない。だからだと自分に言い訳して、少し現金だろうかと思いつつもルカに言った。
「私水族館がいいな。」
「じゃあ、今度2人で行こう。」
 今度こそ横から出てきたやつになんか渡すつもりはない。2度も同じ失敗をしてたまるか。もう、優しい先輩、それだけでいるつもりはないから。



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