虹の魔法  / 矢崎真名




虹の魔法







"心の中に、人はキセキを隠し持っている"






いつか師匠の言ったその言葉が、グルグルと頭の中で回ります。どうして、逝ってしまったんですか?師匠・・・・・・。



僕は、ただ呆然とあなたの葬儀を見つめるだけで、それ以外のことなんて、できません。涙も・・・出ないんです。おかしいですよね、僕はあなたに育ててもらったも同然で、よき親代わりになってもらって、すごくすごくお世話になっているのに、涙が一粒も出ないんです。

「かわいそうにね。」

「ああ、これで厄介払いができる。」

「あの子、泣いてもいないよ。気味悪い子だね。」

いろんな人の声が、僕の頭から通りすぎていって、何も残りません。











 師匠と僕は、魔法使いです。魔法使いといっても、ほうきで空を飛べたり、不可思議な術を使ったりということはできません。ただ、この世の流れを知るために星を詠んだり、天気を見たり、薬草を作ったり、小さなまじないで病気の症状を軽くして、細々と生活しているだけです。それでも一般の人にとっては、恐ろしいものだと思われているようで、師匠が亡くなったことで僕はこの町から出なくてはいけません。師匠がここに執着を持って居座っていたことで、生活できていたに過ぎませんから。

「イオ!」

葬儀が終わり、師匠だったものを大事に箱に包み、町を出ようとしたとき、誰かが僕の名前を呼びました。その人は、僕より少し上のユキです。

「お前、町を出るのか?」

「はい。師匠がいたからここにいたものですから。また、放浪の生活に戻るだけです。」

ユキの言葉に、僕はただ淡々とそう返します。けれど、ユキは悔しそうに顔をゆがめて、

「ごめんな、みんながみんな、お前らのこと嫌いじゃないのに・・・あいつらが・・・。」

とつぶやきます。でもやっぱり僕は淡々と、

「いいんですよ。・・・仕方がありませんから。」

そう返すだけです。その言葉にユキは何を思ったのか、僕には分かりません。何故か、僕の頭を撫でて抱きしめられました。

「ユ、キ・・・?」

僕は呆然と彼女の名前を呼びます。でもユキは離してくれません。ユキは、僕が師匠と同じくらいに好きな人で、ユキと師匠、僕はとても仲がよい間柄だから・・・されるがままです。しばらくして、ユキは僕から離れました。そして、

「お師匠さんの最期の言葉、覚えてる?」

と聞きました。その言葉に、僕はうつむいてうなずきます。・・・覚えていますよ、はっきりと。

「・・・『ワシの最期の魔法を見せてやる。イオ、しっかり見ておけよ。』」

「覚えてるんだな。」

ポツリとつぶやいた言葉は、ユキにしっかり届いていたようです。僕の言葉にうんうんと彼女はうなずくと、

「じゃあ、町を出る前に丘に登らないか?」

いいました。丘というのは、この町が見渡せる小さな丘です。穏やかな風という意味のシセイという名のある丘です。師匠は、この丘を気に入ってこの町にずっといたようなものですから・・・。けれど、何故ユキがそこに行こうというのか、僕には分かりません。

「どうしてですか?」

僕の問いに、ユキはやっぱりかというような顔をして、

「行けば分かる。」

とだけいって、僕の手を引きます。それはいくら僕が子どもでも、小さな子どもではない僕にとっては恥ずかしい行為で・・・

「一人で歩けるよ。」

手を振り払って、僕はユキの隣を歩きます。ふと、町のウインドウに、僕らの姿が映ります。ユキは髪を短く切っていますが、きれいな金色の髪と、明るい緑の目をしたきれいな人です。対して僕は、白い髪と黒い目、という地味で、なんでもない子どもです。別に、容姿がどうこうというものではありませんが、ユキより大きくなってから町を出たかったなと、ただそう思っただけです。僕らは無言でシセイへ向かいました。











「心の中に、人はキセキを隠し持っている。本当にそう思わない?イオ。」

そこに立って、僕はユキの言葉が耳に入らなかった。だって、この丘で町を見下ろしたら・・・町を・・・見下ろしたら・・・虹が、架かっていたんです。町のはしとはしをつなぐように・・・大きな大きな虹が・・・架かっていたんです。

「雨・・・ふってないじゃないですか・・・。」

「うん、降ってない。ここのところずっとお天気だしね。でも、虹が架かってる。どういう意味か、イオ、あんたには分かるよね?」

それは・・・

「師匠が、魔法を使った・・・・・・。」

ということ。けれど、魔法使いにはそんなことなどできません、あくまで少しだけ、他の人に役立つことをするだけ・・・その、はず・・・

「お師匠さんはさ、前言ってたよ。イオが思ってるだけが、魔法使いじゃないって。その人の・・・心の中のキセキって奴を使ったら、魔法が使えるんだって。それはとってもささやかなもので、魔法使いでも一生に一度しか使えないけど、お師匠さんはあんたに使ったんだよ。たった一回の魔法を。」

静かな・・・静かなユキの声が・・・僕に、降り注ぎます。その声は段々かすれてはいたけれど、僕のどこかきつくきつく縛りつけていたものをほんの少し緩くしていくようでした。見上げれば、ユキは目に涙をためていました。僕はユキが泣くのを見たくなくて、師匠のかけた虹をもう一度見ました。虹は・・・太陽の加減ではっきりとは見えませんでしたが・・・ちゃんときれいな虹で・・・いつか、師匠と会ったとき見た虹と同じような気がして・・・・・・・・・・・・気がつくと、僕は嗚咽を漏らしていました。

「っ!!!師匠の・・・バカ!!どうして・・・いっっちゃったんだ・・・!!」

何故か今になって涙があふれ出して、とめようとしてもとめられなくてあとから、あとから思いが出てしまって・・・どうしようもなくて・・・・・・・・・本当は、逝ってほしくなかった。死んでほしくなかった!こんな僕なんかのために、たった一度しか使えない魔法を使わなくたって、いいのに!そんなことより僕は、もっとずっとあなたと一緒にいたかった!!!どうして、どうしてっ!!!



不意に暖かさを感じて、ますます僕は勢いを増し、泣きました。泣いて、泣いて、泣きまくりました。小さな子どものように、泣き疲れて眠るくらいの勢いで、泣きました。きっと、今までずっとためていたものが全部出てしまったんだろうと、僕を抱きしめていたユキは言いました。

その日、僕は懐かしい夢を見ました。それは、初めて師匠にあった日のことでした。その日も、とてもきれいな虹が架かっていました。











「やっぱり、行くの?」

翌朝、目覚めると僕らはシセイで眠ってたみたいでした。そして、目を覚ましたユキは、僕を見て尋ねます。僕は、何かすっきりしていたので、笑えることに気づきました。だから、僕は微笑んで、

「はい。」

とだけ答えました。行き先も、当てもありません。別に、何も変わっていないし、僕の心が変わったわけでもありません。それはお互いに、そのことはよく分かっています。だから、言いません。ユキはふっと微笑み、

「そういうと思った。」

とだけいいました。やっぱり、その辺は分かってるんですよね、何故か。そして、目的もないこの旅がいつ終わるのかも、分かりません。それでもいいと思います。そう、思えるんです。無言で立ち去ろうとする僕に、ユキは呼び止めます。けれど、決して悲しんでいるのではないのです、むしろ、さわやかな優しい笑顔でした。

「あなたに幸おおからんことを。旅に安寧を。」

それは、旅人に告げる言葉。最高の、送り言葉。僕はユキに微笑みだけ残して、背を向ける。そして歩き出した。ありがとうと小さくつぶやいて。君の、一筋流れた涙をそっと、胸にしまいながら。










おわり

突発性競作企画 『 Dripping of tears 』へ