ぽつん、と一人夜の闇の中 女が家の前に立っていた。
門の外から、家の中をキッっと睨む。

「どうして、あんたが・・・・」
 あたしより先に、いなくなっちゃうわけ?
 バカでしょ、あんた。

周りには、すすり泣く声が。
そして、視線の先にはいつものひねくれた顔をした彼の、白黒写真が。

私の前ではコロコロ表情を変えるくせに、他人の前ではひねくれた顔をする、面白いやつ
だった。
最高のライバルで、最高の彼氏だった。


一ヶ月したら帰ってくると約束したから帰ってきたのに。
元気で会おうと、約束したじゃないか。

なのに、何で伊月が、いなくなってるの・・・・?










 ツキはいつも私を見ている。











紗陽は本来表情を顔に出したりしない。
だから、俺はその表情を読む癖がついている。
今ではだいぶ慣れたようで、他人には無表情に見える顔は多くを物語っている。

これも、俺の努力の結晶というものだろう。



「伊月、人の顔じろじろ見てて楽しい?」

此処は、俺の部屋。
書物だけはやたらと豊富なこの部屋に、紗陽は最近毎日のように足を運ぶ。

 本を読んでいた彼女は、どうやら俺の視線に気がついたらしい。
毒を含んだような声を上げる。


「楽しいっていうか・・・髪、長くなったな・・・と思って」
「ほっとけば、伸びるからね」
 それに、伊月 髪長いほうが好きでしょう?

そういって、彼女はふっと笑った。
こういうとき、ああ こいつにはまってるな俺、と思う。
その一方、最近の紗陽はちょっと変だ。
何か、というわけじゃないけど。 どこか違和感がある。

「ホント、伊月私の事好きだよねぇ・・・」

紗陽は、読みかけの本に栞を挟み、ほのぼのとそういった。
その発言に、むっとなる。

「いけないかよ」
「いけないなんて言ってないわよ?」

そういって、スルリとかわされた。









「で、紗陽。俺に何か言いたいことは?」
「・・・何も無いけど?」
「じゃ、何でお前が毎日俺の部屋に足を運ぶんだよ」
「彼女が彼氏の部屋に行って何が悪いの?」

頑なな紗陽の答えにはぁ、と俺はため息をつく。
そして、紗陽の腕をぐぃと引っ張って抱きしめた。

「何で、そうやっていっつもいいたいこと引っ込めるわけ??
 ものすごく顔が泣きそうなんだけど」
「・・・・。伊、月・・・・」

ああ、何でこの人は私のことが分かってしまうのだろう。がんばって隠していたのに…。
少しの沈黙の後、紗陽は口を開く。






「留学・・・するの。私」
「留、学・・・・?マジ?」
その言葉に、私を抱いていた手から少し力が抜ける。

「嘘ついてなんになるのよ。ちなみに明日行くから」
「・・・・」

沈黙が、痛い。
私の肩に、乗っかっていた頭から怒ったような声がする。

「・・・・いつまで」
「1ヶ月、かな」

答えると、また沈黙が流れる。
少しすると伊月はながいため息を一つついて、私の顔をじっとみた。

「紗陽、笑って」
「え?」
「笑って」
突然の言葉に驚きながらも私はにっこりと私の最高の笑顔を伊月に見せた。
伊月は満足そうに笑って口を開く。

「いい?紗陽、俺以外のやつの前でそんな顔しちゃダメだよ」
「女のヒトの前でも?」
「ダメ」
「・・・わかった」

「あともう一つ、・・・・・・・・・・・。 分かった?」
「う、ん・・・」


少しでも音を立てたらすぐに消えてしまいそうな声に紗陽はコクンうなずく。
はっ、と自分がノリで関係ないことにうなずいてしまったことに気づいて伊月を見ると案
の上、にっこりと笑っていた。
『ひっかかったな』、と。

まったをかけようとしたところで、また腕を引っ張られた。
耳元で、静かで綺麗な伊月の声が流れる。


「待ってるから。離れててもずっと好きだから」
「・・・う・・・ん・・・・」



多分、いま私の顔真っ赤だ・・・。
ぎゅっとすごい力で抱きしめられて。
伊月は名残惜しそうに、私を離した。


「ヨシ。充電完了!・・・・いってらっしゃい」
「言うのが早くない?」


紗陽が、出発するのは明日だ。
その声に、彼は少し苦笑した。

「俺、明日は朝練で朝、早いから。見送りいけないし」
元気で帰ってきてね。そういって伊月は笑った。


「・・・行ってきます」




















そういって、私が外国へ留学して行ったのはちょうど一ヶ月前。
その日も、綺麗に月が見える、満月の日だった。




「・・・・・っ」
頬に、暖かいものが伝った。
それが、涙だと分かるまで数秒がかかる。


「待ってるって言ったのに・・・・」
泣いている顔を隠そうと、下を向く。


丸くて、綺麗な満月は、浮かぶ涙を隠しては、くれなかった。
紗陽の頭の中に、あの時と同じ言葉が同じ声で流れる。









“あと、もう一つ。俺の前で、表情隠さないでね。”








「伊月・・・・。今ぐらい、隠させてよ・・・・」

“いやだね。”意地悪そうに笑っていう声が今にも耳元で聞こえてきそうだった。




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