ヤサシキコエ〜夜〜


 どこからか声が聞こえてきた。果てぬ歌声は、何を歌っているのかは聞き取れない。しかし、それに何の意味があるというのだろうか? 歌は、ただそれだけで美しい。赤く染まった満月に、それは最高のささげもの。
「きれいな声をしているね、彼女」
 草むらに寝転がっていた少年は立ち上がり、側にいる青年に声をかけた。同じように月見でもしていたのか、青年はそっけない返事を返すのみ。月の光を受けた少年は、輝いて見えた。明るい色をした髪の色は一層映える。月と同じ色の瞳を持つ少年は、声の元へと走っていく。
「こら!  夜! そっちへはいっちゃいかん!」
 青年の慌てた声を振り切りながら……。

 少女は歌っていた。その歌を月にささげるために。長く青い髪が風に揺れる。祈りのためのコトバ。誰も気づかないところで少女は一筋の涙を流していた。一滴の水滴は、風がさらい見えなくなった。少女が歌い終わった時、少女の命は消える。それは変えられないのだ。それが、運命だから……。不意に、拍手が聞こえた。少女は、音のするほうへと振り返る。そこには見慣れぬ少年。空にあるものが昔していたような色に、少女は思わず惹かれた。そのまま少年のほうへついていきたい衝動に駆られた。
 あの人についていけば、自由になれる。
 少女は駆け出した。少年も何故か少女の手を取り走り出した。それでも、歌は止まらない。


「ねぇ、君なんていうの? 僕は夜って言うんだけど」
 夜と紹介した少年に、少女は歌を続けながらも、土に“月(ユエ)”と書いた。
「ユエって言うんだね」
 ユエは歌い続けながら、うなずく。歌を止められない。止めてしまえば、そこまで。けれど、限界は近づく。夜は事情を知らない。けれど、何かを察したようで、
「その歌は、呪いの歌なんだね。歌をやめると、君の命がなくなるという呪い」
 厳しい口調で断定する。ユエは思わず歌を止めかけた。不思議と、夜はきれいな微笑をして、ユエの前に立つ。
「月の赤さは何とたとえばよいか。血のように赤く、水のように冷たい。夜の中にのみ力を有し、朝には力を失う。夜の名を持つ我がその力を代行しよう」
 歌のような、呪文のようなコトバを口にし、ユエの口をふさぐ。ユエは、意識を失った。


「夜! まったくお前はムチャしぎだ!」
「別にいいだろ。その為にお前がいるんだろ? 朝くん?」
「だからといってこれ以上人は増やせないぞ。お前一人で一杯一杯なのに」
 近くで言い争いをする声が聞こえる。目が覚めた少女は自分が生きている事に気づいた。
「あ、ユエ気づいた? 体どっか痛いとこない? もう、呪いは解いたからね。だから、死ななくていいんだ」
 ユエが目を覚ましたことに気づいた夜は、うれしそうに話す。ユエは、もう一人いる青年に視線を移す。随分と体つきがよいが、どこか幼い顔に、年が分からない。黒髪黒目の人すらも初めて見たユエにとってだが。夜は、ユエの視線に気づき、
「あ、こいつは朝って言うんだ。僕と対なんだ」
 その青年の名前を紹介する。
「あの……ありがとうございました」
 やっと、ユエは歌以外の言葉を口にする。それにそっけなく答えたのは、他でもない朝。
「礼なら夜にいえ。夜はお前さんが気に入っただけで儀式を中止させたんだ。俺はお前さんのかかっていた呪いを代行した夜を回復させただけだ。どういう意味か、分かるな?」
 ユエはうなずく。夜はただニコニコしているだけだ。あの夜自分を救ってくれたものには見えない。けれど、分かっている事は一つ。

 この“夜”こそが、ユエのささげるべき命の主だったということ。

 急に夜はユエに抱きついてきた。年齢がどれほどなのかよく分からないが、自分より年上である事には違いない。そのまま甘えた声で、
「ユエ、僕の名前呼んで。あと、歌を歌って欲しいな。僕の力が満ちる夜に」
 子どものようにお願いした。触れた体温が心地よい。
「夜。これからもよろしくね」
 優しい声に、夜はさらに笑みを強くして、
「うん、よろしく。ユエ。これからはずっと一緒だから」
 つぶやいた。

 ある意味で自分はささげられたことに成功したのかもしれない。
 それでも……ここに包まれていたいと望んだ。それだけだ。

 横目で見ていた朝は、ため息をつかんばかりに、
「夜のやつ、完全にあの子を気に入りやがって……こりゃ一緒についてく可能性大か。……月を見つけた……か……」
 つぶやいた。
 夜は明け、朝日が差し込んできていた…………。 

おわり


<あとがき>
月で思いつくままに、書きました。ひとまずユエとは、中国語で月の事を言います。変な話……。
   



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