つきをたべる  / 矢崎真名



突発性競作企画:再・月夜 | 競作企画総合TOP




つきをたべる



 どこかの窓辺、人が立っている。強い照明でも使っているのか、くっきりした黒い人影が画面に映っている。が、今ひとつ影から性別は判断しがたい。映像処理でもしているのか、窓枠らしいものがほとんど見あたらない、ガラス張りの窓だ。
人影の映る窓の向こう側には、まん丸な月があった。人影は月に手を伸ばし、愛おしげに撫でたり、引き寄せようと腕を引き寄せようとしたり、月をボールに見立てたようにぐるぐる腕を回転させていたかと思うと、スッと腕をおろす。そしておもむろに首、いや頭と言うより口元をつきだして、大きく開けたかと思うと、パクリと月を丸呑みした。実際には少し移動して、影が月を隠しただけなのだろうが、影が月を飲み込むようにのどの動きをアップして写すので、一瞬錯覚しようになる。芸が細かいのだ。
 そして画面には下手くそな手書きらしい字で【おいしかった】と表示された後に動画は終わる。


「変な動画。」
たった数分の動画の内容は、それだけのよく分からないものだった。再生数を見てみると、アップされて一月以上は経っているのに二ケタ程度。注目されていないのは歴然、投稿者の設定したタグで検索しても、見る人は少なそうな内容のなさだ。しかしコメント数が一つもないというのも初めて見た。大量に流れて、内容をけなすようなものを見るのが不快で、いつもコメント非表示にするのだが、する必要もないのに拍子抜けした。とはいっても、元々友達から面白いものがあると薦められて、なんとなく登録した程度なので、それほど利用する方でもないだが。
「あの子、何でこんなの渡してきたのかしら?というか、こんなもの投稿したの?」
そんな私が明らかにマイナーな動画を見たのがその理由。一回り年下の、弟のような存在のいとこが投稿した動画だから。久しぶりに親戚の集まりに顔を出せば、すっかりいとこは大きくなって、今や中学生。赤ちゃんの時から知っていて、たまに世話を焼いたこともある子がもう中学生。年の離れがあるとはいえ、一気に老けた気分。
時の流れって、残酷よね。だって小さいときは可愛らしく、
「お姉ちゃん。」
なんて呼んでたのが、一気に声変わりしたのか幼いとき聞いた高い声が、男の低い声で、
「姉ちゃん。」
て呼ぶんだもの。呼び方はたいして変わってなくても、印象かなり変わるわよ。この動画のアドレス渡してきたときもやたらそっけないし・・・まぁ中学生って反抗期だし、そんなものかな?それにしても、何で私に見て欲しくて渡したのか、全然分からないのよね。本当、今時の子って何考えてるんだか分かんない・・・おばさん臭いわよね、この思考。もう枯れてるのかしら?それもそれでいやだな・・・。あ、でも月って何かこれに似たようなことが・・・
「ああ、そこら辺は変わってないのか・・・。」
思わずつぶやいて、笑みを漏らす。あの子がまだちっさい時――それでも多分小学低学年くらいだったかな?あの子にとってはまだ数年前・・・一回りって大きく感じるわ・・・――たまたまうちに来て帰りしにお月様を見上げて、
「お姉ちゃん、お月さま食べたい!」
なんて、突飛なこと言って、ビックリしたっけ。大勢の前で言ってたんだけど、私その時どういう対応したのか忘れちゃったけど、何かテンパってた事はよく覚えてる。
月がお団子にでも見えたのかしらね〜なんておばさん達が言ってたのも何となく意識の隅に残ってる。団子って・・・なんて思ったから覚えてたのかも。うん・・・こういうとこはまだ幼いとこ残してるのね・・・そんなことを思いつつ、画面を上にスクロールすると、投稿者のコメント欄が目に入り、は?って思った。内容を先行してたから、見てなかったのよね、最初に。


宣戦布告


左よりの、たった四文字だけのコメントに、何が?と思わず内容と合わせてつっこむ。何が、どこが、のすべてが抜けた一言は、いっそすがすがしくもあるけど、簡潔すぎて分からなすぎる。
 なんだかドッと疲れた気がして、ガクリと肩を落とす私。そのまま両腕を組んで上に引っ張ったり後ろに引っ張ったりと軽くストレッチ。そんなに長い間パソコンの前にいたわけでもないけど、やっぱり変なところが緊張していたみたいで、ほぐれた気がする。もう一回伸びをして、私は立ちあがると、狭いキッチンへ行き、湯飲みを用意。昨日焚いておいて、おいてたお茶を入れて一息。息をついてキッチンから部屋を見渡せば、それで終わり。これが今の私の根城。
就職を気に一人暮らしを初めて気楽でいいと思ったのは最初だけ。全部一人でやることの面倒さと、何も考えることを放棄する忙しさ。ふとしたときの部屋の静けさに、何ともいえないものがこみ上げてくるのは何故だろう?寂しいというのは似ているけど少し違っていて、怖いと言うには違いすぎて・・・国語、得意じゃなかったからいまだにうまくいいあらわせないんだけど・・・。もうちょっとその辺よかったら、こんな感情に名前をつけて安心できそうなのに、それができないもどかしさが襲うときがある。
「お母さん?どうしたのこんな夜遅くに。」
ふとそっけないケータイのバイブレーションに気づき、相手を確認してから電話をとる。ちょっと前にそうしなかったせいで、痛い目見て慎重になってるのよね、それにしても結構夜遅いのに、母さんが電話かけてくるなんて珍しい。大体夜はさっさと寝る人なのに。
 大体の内容はまぁ、割愛。前の盆の帰省とか、ゆっくり着実に言われはじめる遠回りの催促とか。うん、分かってたけどやめて欲しいから。まだそこまで考えてないから。まぁたしかに母さんが私を産んだ年に思うところがないわけでもないけど・・・勘弁してください。
「そういえば、あの子と久しぶりにあったと思うけど、大きくなってたでしょ?」
「うん、ビックリした。男の子の成長って早いんだね。あとちょっとで身長抜かされそうだったし。」
そして話題はいとこのことに。何しろ親戚の中で一番若いから、何かと話題に上りやすいんだろう。親世代は自分の子どもとかの話題で何故かよく盛り上がってるし。始めと終わりはそんなものなのよね。私はその中間なんで、気楽。微妙なところでもあるけど。ふいに、うふふふ、と電話口で母さんが笑ったので、問いかけてみると、
「いやね、あの子って昔からあなたのこと大好きだったじゃない。なんだか懐かしいわね〜。」
だって。そうだっけ。たまにしか顔合わせなかったけど、そうなのかな?きりのいいところで電話を切って、思い返してみた。確かにちっさいころよく私の後ろをついて回ってた記憶はあるけど・・・なんだかな〜。そう思いつつお茶を一口。そのままチビチビ湯飲みに口を付けながら、連想ゲームのように単語を羅列する。大好き→動画→コメント・・・なんて風に。
「・・・え?」
気づいて、間抜けにつぶやいた。いとこの投稿した動画のタイトルはすべてひらがなで【つきをたべる】投稿者のコメント欄には宣戦布告。そして母さんが言った、小さい頃私が大好き・・・これらをつなぎ合わせて、私にこの動画のアドレスを渡したのは見て欲しいって事で・・・え?ええ!?あの・・・それって・・・
 ズルズルと力なくその場に座り込み、側の冷蔵庫を背に私はうずくまって手で顔を覆う。真っ赤なのはとっくに自覚済みだ。
混乱と困惑と羞恥と、混乱と混乱で、思考なんてパンク寸前。




 文字通りの宣戦布告を正しく理解して、いとこが子どもから男に変わっていくのを認識し直さなくてはいけなくなった。
 その結末なんて、きっと現在進行形中の彼女と彼には分かるはずもないのである。


おわり



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